ナオミは月毛である。
今年の全日本は、午前三時のスタート、快晴、頭上には満天の星と
半分のお月様。月夜に月毛の馬に乗るなんて、なんとロマンチックでありましょう。
制限時間はインタイムで12時間。決して余裕はないけれど、
いつものように、最後尾からのスタート。冷静に、冷静に。
夜間走行に関しては、極めて繊細で入念な準備がされており、
途中馬群で走ることになったが、人馬ともに全くトラブルなく、
不安を感じなかった。
(毎回お天気とは限らないし、濃霧などの場合は臨機応変な対応が
必要なのだろうが)
とにかく暑さに弱い馬なので、時間の貯金をするなら1、2レグ。
ネィティブビレッジが誇るトレイナーMr.Yの「とにかくイケイケに
仕上げたから気をつけて」の言葉通り、4気筒からV6へチューンナップ
されたナオミは、林道に入ってからも滑るように走る、走る。
ナオミ色に染まる森の中を駈け上がり、駈け下る。
こ、怖いんですけど、Yさん(^^;)
確か四輪駆動だったのにポルシェ並みのエンジンになっている。
予想外のスピードでクルーポイントを通過することになり、予定していた
30q地点でのクルーワークが間に合わない。そのまま1レグ終了。
さくっと検査を通過して2レグスタート。まだまだ夜は明けたばかり、
貯金を作っておかなければ。津別の道産子たちは、とにかく蹄まわりに
信頼がおける。2レグの山越えは300メートルの高低差がある難所の一つだが、
道産子にはむしろ有利な地形。追撃隊の戦意を喪失させるには林道で
振り切るに限るのだっ! って、べつに追撃されてないけどね(笑)。
予定より30分稼いで終了。
3レグ、相棒の勝太郎の心拍の下がりが悪く、単騎スタート。
多少の疲れはあるが、まだまだ前進気勢があり、気温は上がりつつあるが、
幸い風もある。機嫌を損ねないようにハミにはなるべく触れないようにする。
ああよかった、なんとか完走できるかもしれない。そもそも10の能力
しかない馬をめいっぱい作り込んで、15の能力が必要とされるレースに
出たのだ。あとはイーブンペースで馬体と相談しながら走ろう。
それにしてもカメラがあちこちから狙ってくるなぁ、ナオミがビックリするから
厭だなぁ、なんでかなぁ。
3レグ中盤、追いついた勝太郎と馬なりで引っ張り合いながら走る。
相棒がいるのは素敵なことだ。3レグ終了。ナオミ絶好調で、知らない人からも
応援が。なんで今回はこんなにちやほやされんのかなぁ、と思っていると、
今トップなんだよとのこと。
……!?
……誰が?
4レグ、再びの単騎スタート。一応、先頭である。気温が上がって、
風もやみ、ナオミのエンジンは4気筒に戻る。お願いですから一人にしないで(^^;)
馬を追うが前進気勢なし。いやしかし、冷静に振り返ってみよう。元気で
完走できればいいわけだから常歩だっていいわけだ。貯金もあるし、ま、
少しのんびり行くかな。ちょっと牽き馬してお休み。
すぐに勝太郎に追いつかれた。それなりに疲れているとのことだが、
二頭になると「しゃあない、行くか」という雰囲気になる。
思えばこの勝太郎とは、ペースもボロのタイミングも知り尽くしたコンビである。
後ろから1頭追い上げてくるはずだ、との情報が入るがいっこうに気配なし。
むこうも疲れてるよ、絶対。
最後の給水&クルーポイント。ゴールまでは約8q。ナオミも勝太郎も落ち着いて
水を飲み、青草を食べている。ライダーはヨレヨレだが、クルーは笑顔である。
馬の腹を探るアブのように、振り払っても振り払っても、優勝だの、感動の
ゴールだの邪念がまとわりついて頭がおかしくなりそうだ。
完走できればいいんだ。そうだよ、完走できればいいんだよ。
ところで去年の優勝賞品ってなんだっけ? うふ、うふふふふふ。
そのとき、牽き馬でさっと目の前を横切る人馬がいた。
6歳のイケメンアラブ、アランである(ちなみにライダーもイケメン)。
イケメンライダーはイケメンアラブを開けたスペースに移動させてさっと騎乗し、
瞬く間に駈け去った。この「極めて紳士的にして華麗なる追い越し」にukotanは
頭に血が上るが、5月の小淵沢大会無念の心拍失権を思い出す。
(ラストスパートで2頭を振り切り、勝太郎と同着2位でゴールするも、
心拍60で失権、おまけにナオミをヘロヘロにさせてしまった)。
いや、でも今のナオミなら、追いかけて相手にプレッシャーをかけ、
ハコウさせる手もある。勝負できる、今のナオミなら……。
「お〜、無理すんな〜」
Mオーナーがのんびり呟いた。絶妙のタイミングだった。
(もっともこの一言が、後にもう一つのドラマを生むのであるが……)
私は勝負師ではなく、一人のアマチュアエンデュランス愛好家でありたい。
ハコウしている馬を見るのは胸が痛いし、ハコウしたまま懸命に走り続けて
いる人馬には、感動を覚えるどころか気分が悪くなる。その感受性を失わない
ライダーでありたいと思う。
なんてことをukotanは酔っぱらうと人にエラソーに語っていたりするのだ。
さて、ダークサイドへの誘惑を無事に断ち切り、残りを走って競技場へ。
走路は腹帯をゆるめて牽き馬し、勝太郎父ちゃんと手をつないで
(恒例となるのか?(笑))のゴール。
全日本2、3フィニッシュである。
(同着は認められないらしい。※HPの公式発表をお待ち下さい)
ukotanは最後の重量検査、ナオミはベテランクルーによる最後のクール
ダウン開始。
慎重にゴールしたし、歩様にも違和感を感じなかった。ナオミ完走、
最終心拍48。勝太郎も元気いっぱいオールAの完走、大満足であった。
感動、感動、みんなウルウルである。
だがしかし、ここからナオミの長い長い夜が始まるのであった……。
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