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平成12年(2000)9月 第一回全日本エンデュランス大会記念

ハル・ホール氏特別講演


エンデュランスと私−30年の体験を語る−ハル・ホール(Hal V . Hall)

(1)はじめに
記念すべき第1回の全日本エンデュランス競技大会にお招きいただき、大変嬉しく思います。このスポーツの立ち上げにご尽力された方々、また選手として出場される方々にとって、これは非常に大きな意義をもつことだと思います。妻アンも私も期待しております。 1996年の夏、楠山薫二郎さんを団長とする6人のグループが太平洋を渡ってアメリカに来られました。彼らはカリフォルニアの美しいシエラネバダの山に来たわけですが、その目的は、まず第1にテビスカップの1日で100マイル(160km)走るというレースを見学すること、第2に実際にそのコースの一部をエンデュランス馬に乗って走ること、第3に長距離騎乗競技一般について専門家から色々な教示を受けるということでした。

次の年1997年にも楠山さんの熱意に動かされ、このエンデュランス競技を本気で広めようという方々が日本からまた訪ねていらっしゃいました。そのときにお会いしたのが新庄武彦さんです。新庄さんはご存じのように先頭に立ってこの競技の普及にご尽力なされてきました。アンと私はこのお二方、ならびに今回この第1回大会の場にこられた方々にお祝いの言葉を述べたいと思います。

今まで数年間、私とアンは日本からエンデュランスを学ぶために来られた方々のお世話をして参りました。これらの方々は、テビスカップの完走者に与えられるバックルを持って帰りたい、あるいは他の80km、160kmを完走、あるいはFEIの競技会出場資格を取りたいということで来られていました。その後1998年12月には、アラブ首長国連邦で開催された世界選手権に初出場する日本チームのお手伝いをすることもできました。 今日ここで私どもが長距離騎乗に賭けてきた30年間の経験についてお話しさせていただけることは大変嬉しいことです。

エンデュランス競技について考える時、色々な疑問が涌いてくることと思いますが、少しでもお答えしたいと思います。講演途中でも話が終わった後でもご質問いただければと思います。スーツケースにあふれるほどの資料を持って参りました。テビスカップに関する資料、エンデュランス関係のパンフレット、ビデオ、出版された本、特殊食品などです。どうぞのちほどご遠慮なく見てください。

(2)エンデュランス・ライディングとは?
定義では50マイル(80km)から100マイル(160km)を1日以内で1人のライダーと1頭の馬で走ることとなっています。5日間で250マイル(400km)というマルチデイレースも行われています。 ホメロス(ギリシャの詩人)は叙事詩オデッセイの中でこう述べています。「休みが多すぎるのは苦痛だ」。エンデュランスを実際になさると分かると思いますが、休んでいる暇はないわけです。また、このスポーツをやることで若さを保てるでしょう。

(3)馬とライダー、昔と今とどちらが強い?
エンデュランスについて話をするときテビスカップの1日100マイルの話をしないわけにはいきません。テビスカップはご存じの通り、現代のエンデュランスの最初のレースとして知られています。 この起源は1950年2月にさかのぼります。アメリカの有名な雑誌「ウエスタン・ホースマン」をご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、この中に手紙が掲載され、ビル・スチュアートという人なんですが、彼はアラブ馬のことを非難してこう書き記しています。 よくアラブ馬は最高の馬で、長距離で最高のパフォーマンスを発揮するといわれているがそんなことはない。スチュアート氏の主張していたことは、彼の山育ちのサラブレッドの半血のセンバはかつて81マイル(130km)を7時間と10分で走ったことがある。次の年、127マイル(203km)を12時間と10分で走ったことがあるということでした。そして彼はアラブ馬のオーナーたちが言ったり書いたりしていることは信じない、俺のサラの雑種を見ろ、アラブ馬からの挑戦を受けようじゃないか、50-200マイルまでどれくらいの距離でもいい、金・商品などいかなるものを賭けてもいいぞというのです。

「ウエスタン・ホースマン」の次ぎの号にカリフォルニア州オーバンの実業家ウェンデル・ロビーからの手紙が載りました。自分のアラブ種のスタリオン(種馬)でこの挑戦を受けるというものでした。そしてロビーはチャレンジャーとして自分がトレイルを選ぶ、日程はスチュアート氏の都合の良い日でいいとしました。このロビー氏が提案したルートが、有名な開拓者のトレイルであったタホ湖(ネバダとカリフォルニアの境にある)からオーバンにいたる距離100マイル(160km)です。賭け金として初めに彼が提案したのは200ドル、その後1500ドルまで増額されました。「ウエスタン・ホースマン」誌にこのやりとりが掲載されましたが、このレースは実現しませんでした。それというのもスチュアート氏からの反応がなくなったからです。 ウェンデル・ロビーは1日で100マイルを走れるということに確信を持っていました。というのは、彼がアリゾナ州ベンソンという小さな町で父親が経営する材木業を手伝っていたとき、町の子供が病気になり、そのため最寄りの大きな町ツーソンに薬を取りに行かなければならないことがあったからです。この子を助けるために薬を取りに行くための期限は1日、距離にして80マイル(128km)ありました。

ロビーはまた馬のタイプおよび歴史的役割について色々研究もしていました。そして、歴史上のエンデュランス馬とライダーについて深い知識を持っていました。彼のこの知識とアリゾナでの経験が、後日、友人たちとの議論のきっかけとなるのです。 それは1955年の春のことでした。ロビーはサクラメント郡警務隊に勤める馬乗りの友人たちとアメリカンリバーにそって乗馬中でした。色々話しをしているうちに、彼らが今乗っている馬、すなわち1955年当時の馬というのは、かつてのテキサスのカウボーイのキャトルドライブ用の馬やポニーエクスプレスのライダーがかって乗った馬や、合衆国騎兵隊の馬に比べて果たして負けない馬なのかということです。それと同時に馬乗りたちも昔に比べ勝っているのか劣っているのかという話になりました。 そして、試してみようじゃないかということで賭が始まり、勝った者が掛け金全部を賞金として受け取ろうじゃないかという話になったのです。コースはロビーが選ぶことになりました。というのは彼がまだ若かった頃1931年の秋に他の仲間と一緒に自分で旅をして印を付けた所だったからです。そこはかつてワショー族のインディアンや砂金堀の人たちがゴールドラッシュで通っていったところでした。今日ウエスタン・ステーツ・トレイルとして知られるこのルートは峻険なシエラネバダの山脈を越え、タホ湖をとおり、カリフォルニアのオーバンに至っています。

この約束の日1955年8月7日朝5時に5人のライダーがタホ市を出発しスコーバレーを通り抜け西へ向かいました。それぞれが郵便物に切手を張ったものを持っていました。彼らはその日一日中走り続けたのです。その間、定期的にカリフォルニア大学の獣医師のチームが馬の健康をチェックしていました。この夜はコマンチインディアンがライディングムーンとよぶ満月が輝いていました。翌朝4時17分ほぼ一昼夜走り続けて4人のライダーがオーバンに到着、町の郵便局の局長が彼らの郵便物に消印を押し、完走の証明としました。かくして現代のスポーツとしてのエンデュランスが始まったのです。

翌1956年、11人の出走者の中に3人の女性が入っておりまして彼女たち全員が完走しました。1959年にテビスカップの実際のカップが寄贈されるようになりまして、これを最初に獲得したのはネバダのカウボーイでなんとサラブレッドの半血種でした。1961年に女性として初めてテビスカップを優勝する人が出て参りました。アラブ種のセン馬に乗っていました。1964年にトップ10でゴールしてきた馬の中から一番体調のいい馬に贈呈されるベストコンデションドホース賞のハギンカップが贈呈されるようになりました。当初5人で行われたレースから10年もしないうちに参加者が100人を越えるようになり、それから全米各地で色々な形のエンデュランスが行われるようになっていきました。そうして、テビスカップは世界のエンデュランスレースのモデルとなっていったのです。 今年のテビスカップは7月14日に行われ、259人のライダーが走り、約50%のライダーが険しいルートを完走しました。過去45年のテビスの歴史の平均完走率は56%です。

(4)長距離騎乗の魅力
こういう古い諺があります。
There is no better way to see the world from the back of a horse.
”世界を見るのに馬の背中からに勝るものはない。”

また、The outside of a horse is good for the inside of a man.
”馬の外側にいることは人間の内側に良い。” という言葉もあります。

チャーチルが言った言葉ですが、馬に乗っているということは人間の精神に良い影響を及ぼすといった意味だと思います。 今日北アメリカでは年間700ものエンデュランスレースが行われ、何千人ものホースマンが楽しんでいます。この競技に取り組むホースマンたちは完走を目指す場合でも、勝ちをねらう場合でも、この競技によってスタートラインに立てることを喜び、またその挑戦を得難い経験として楽しもうとしております。 ウェンデル・ロビーが1955年に100マイルを完走し、これをきっかけにもう一つの馬の新しいスポーツが誕生したわけですが、同時にトレイルの保存、それによってすばらしい景観の保存、人跡未踏の大自然を保存しよう、パイオニア精神・開拓者の経験といったものを伝えようということにもなったのです。ロビーはこの様に考えました。エンデュランスを自然の中でする事でアメリカの人々が忘れかけてしまったシンプルライフというものを取り戻し自然を慈しむという心を持つことが出来る。また歴史を見直し、馬と共に自然の中で楽しむ心を持つことが出来る。もちろんロビー氏自身は常に勝ちをねらうタイプでした。

私はかつてロビーが言っていたことを憶えています。
Add more years to your life;
あなたの人生により多くの年月を加えよ (すなわち長生きせよ)
more life to your years .
あなたの生きた年月に命を与えよ (すなわち人生に意義を与えよ)
Ride a horse. Really ride.
馬に乗れ、とことん乗れ
また、彼は短いけれどもパンチのあるこういう詩も作りました。
Worth marks the Rider
There all honor lies;
Not content with well or better,
For he has raced 100 miles the Winner.
すべての名誉がそこにある。
最上級の言葉を持って讃えよ。
彼は100マイルを走り勝ったのだから

私が思うに、この日本という国では、世界のその他の地域で行われるようになったこのエンデュランスというものが実際に活発に行われるようになるでしょう。それは試合の勝ち負けだけでなく、美しい自然を馬上から見直す手段としても行われると思います。

(5)ライドかレースか?
この長距離騎乗を楽しむ人々にはいくつかタイプがありまして、家族で楽しむレクレーションとして捉える人もいれば、これをコンペティティブな競技と捉える人もいます。あなたがライダー(このスポーツをする70%の方々だと思うが)、またはレーサー(勝ちをねらっていくタイプ)であっても、そのどちらもがこのスポーツの持つ体力的な挑戦といったものを体験することとなるでしょう。

(6)ホースマンシップの試金石
アメリカではエンデュランスはホースマンシップの大学院コースだと考えられています。 数年前ナショナルジオグラフィックのテレビ番組がテビスカップを取材することとなりました。その中で私はこの様に言いました。「シエラネバダの山並みは見るには美しいが、準備の足りないものには容赦ない」。その番組で私をインタビューしたボイド・マトソン氏がこう言いました。「準備が足りないもの? それは僕のことだよ。テビスカップどころかエンデュランスもやったことないんだ。これは僕にとって大変なアドベンチャーだね」。そしてこの経験のなさと知識のなさがどういう結論になるかカメラが追いかけ1日克明に報道することとなったのです。 馬に長距離乗ったことがない人間が乗るのです。彼自身より馬に相当な負担を与えることになったのです。そして、その番組の最後でこう彼はつぶやきました。「一番長い間馬に乗っていて一番短い距離しか進めなかった奴の賞を出してくれ」。このマトソン氏の経験が示してると思うのですがエンデュランスライディングのプログラムにおいて成功するために考えなければならないことはいくつかあります。

(7)エンデュランス競技馬の選び方
選択の基準は色々あります。まず評価は馬の蹄から始めなければなりません。家の基礎と同じで足のしっかりしていない馬では始まりません。古い言い方で「蹄なくして馬なし」。蹄を見れば問題の多くが起こってくるのも分かるし、実際に起こるのです。当然脚の部分も同じです。非常にこのスポーツは厳しいものですから、馬の体格といったものを慎重に選ばなければなりません。 色々障害となりそうなサインを見落としてはならないのです。馬の動きをよく見てください。馬を行きつ戻りつさせたり、サークルを右回り左回りに動かしてみましょう。速歩・緩やかな駆歩など色々な歩様でみなければなりません。蹄を取り上げてみて蹄壁はなんともないか、丸み・角度は問題ないか、指を脚に沿って走らせてみて、昔の傷がないか、腫れてるところはないか、異常がないかチェックしなければなりません。その馬をリラックスした状態で立たせてみなければなりません。これはハンドラーが写真を撮るときに撮るポーズでなく自由に立たせる恰好で見るためです。この様な恰好をすることによってその馬の本当の姿を知ることが出来ます。

当然、馬の体格・大きさ、体高も問題になります。それから骨の長さ、蹄の角度、肩のアングルに比べ蹄の角度はどうなっているか。あるいはフレクションテストというものですが前肢をぎゅっと曲げてパッと離し歩きかたを見るテストをしなければなりません。この様な購入前の検査は資格を持った獣医師と共に行うのがよろしいかと思います。 この様なことにより理想の馬を馬のコンフォメーション、動き、サイズ、脚などから判断していくのは当然ですが、すぐには分からないものそれが精神的な強さというものです。そしてこれは数年後に実際に本格的に競技を始めてみないと分からないのです。

この様な理想の馬を見つけるのは困難で、非常に時間がかかるものです。すぐれたエンデュランスの馬といったものは、いつもバイヤーの手にはいるとは限らないものです。アメリカの場合でもそうですが、多くのアラブ馬のブリーダーが売り出す馬というのはショーホースとしては賞をもらえないタイプの馬の場合が多いのです。また別な例としてはラッシュクリーク・ランド&キャトル・カンパニーの例があげられます。ここでは何百頭ものアラブ馬を飼育していて、彼らの経営する8つの牧場でお客を乗せて牛追いの仕事をするのにアラブ馬を使っています。長年にわたりここはアメリカの中西部で育った荒っぽいアラブ馬の供給先として知られていました。しかし、ちょっと考えれば、ここから売りにだされた馬というのは、そこのカウボーイたちが自分たちの仕事に使いたくない馬だということが分かると思います。 しかしエンデュランス競技が人気が出て馬の需要が高まってくるにつれ、ブリーダーたちは良質な馬を供給するように務めるようになってきています。これらの馬は優れた血統に加え、しっかりした骨格、引き締まった筋肉、深い胸囲、前腕と管の適切な比率を持っています。ブリーダーたちは、パフォーマンスを証明された血統の馬を生産しようとしているのです。このように、さらに多くの優れた競技馬が生産される可能性が見えてきているのです。

(8)どの種類の馬がベストか?
このようにいわれることがあります。「人間は神の創造物の中で一番高貴なもの、すべての動物の中でアラブ馬は一番高貴なものである」これもアラブの諺で「馬というものは追跡するにも、乗って逃げるのにも良くなくてはならない」すなわち「翼なくして飛べねばならない。その背中に富がある。そしてその馬は風を味わうもの"drinker of the wind" である。」 アラブ種の馬がこのスポーツに最も適してるといわれ、実際70%がアラブ系の馬ですが、その他の馬でも非常に良い好成績をあげています。いくつか例を挙げてみましょう。

*アパルーサのセン馬が1969年のデビスカップのベストテンに入り、ベストコンディションド賞のハギンカップを獲得しています。
*2頭のラバが1974年と98年にトップテンに入りその結果ハギンカップを獲得しています。
*一番多くテビスカップを完走した記録をもっている馬はクォーターホースの牝馬です。 *1960年にムスタングのセン馬がテビスカップで優勝しています。
*つい先月のフランスでのFEI世界選手権でロシアのオルロフ種が完走しています。

アラブ種の馬というのは馬の世界の貴族階級と考えられ、それは現代も歴史を遡ってもそういわれています。このアラブ馬の特色は小ぶりに引き締まった鼻先、尖った耳、深い頬、短い背中、非常にスレンダーであるが強い脚、大きな胸囲、鍛え上げられた強い筋肉、がっしりとした肋骨といわれています。このアラブ馬というのは自分たちが生き残るために、何世紀にも渡って水や食べ物が少ない所で生存する努力をしなければなりませんでした。さらにこういう場所は砂漠の中で餌と餌の場所が離れており嫌でも長距離を移動しなければならなかったのです。これがこの馬に非常な耐久力を与え、骨の強さ、大きな心臓、非常な注意深さ、高い知性と勇気を持っています。これこそ中東の砂漠の中で生き残るために必要な特徴だったのです。

アラブ馬というのはその他の動物と同じように環境の産物です。アラビアにおいては何千年もの間アラブ人のブリーダーたちはこの優れた馬を生産する理由がありました。馬を持つ側の生存がかかっていたからであり、それが現代にいたるまで受け継がれているのです。アラブの国々ほどに彼らの、その素早い動き、耐久力、頑健さ、穏やかな気性、人に対する親密さを讃えるところはありません。何世紀にも渡ったこのような馬の特徴の保存の努力が結実したというわけです。アラブ種の馬のもった優れた特質というのが他の種類の馬にも引き継がれています。アラブ種がその他の馬よりエンデュランスで有名になったのは驚くに値しません。アラブの馬たちは、他の種類のより大きな馬より重いものを乗せて長時間走り続けることができるのです。

(9)エンデュランス競技馬の訓練
私の最初のテビスカップへの挑戦は1969年でした。14歳でまだほんの子供でした。 初めてテビスに出たときはどうだったか、今でも良く聞かれます。「失敗した、本当に惨めな負け方をした」と答えます。その時私はカウボーイブーツを履き、ブルージーンズに、ウエスタンサドルという恰好でした。猛暑の中でもあり、うまくいくはずがなかったのです。しかし、その段階では何をどうすればいいのか全く分かっていなかったのです。きちんと準備もしていなかったし、そのトレイルがいかに難しいかも心得ていなかったのです。その段階でこの競技をあきらめ止めてしまうことはたやすいことでした。しかし私はテビスにもう一度チャレンジすることを決意したのです。その年の夏から秋にかけて自分の馬を鍛えるために猛練習をしました。テビスのコースを何度も走り、すべての曲がり角を暗記するくらいコースに精通するようにしました。そして冬の間は馬及びホースマンシップの本を手当りしだいに読みあさりました。そして翌1970年、春のトレーニングも注意深く組み立て、実行し、夏のテビスに臨んだのです。私はクォーターホースの牝馬でテビスを完走し、バックルを手に入れることができました。しかし、このレースを通じ、私はもうひとつの教訓を得ました。自分には新しい馬が必要だということ、アラブ馬が必要だということを。

1971年にアラブ種の馬を手に入れるため、アメリカ大陸を半分横断する旅に出ました。アメリカ中部、大平原の牧場地帯、ネブラスカ州に馬を探しにいったのです。いくつかの牧場を廻って、自分がエンデュランス馬はこうあるべきと思っている、まさに体格と性格を備えた馬を探し当て、帰ってきました。やっとめぐりあった友と共に挑戦のときがきたのです。翌1972年のテビスカップで僅差で2位になることができました。そのとき一人のベテランライダーが私に近づいてきました。彼は私を祝福した後、いくつかのアドバイスをくれ始めました。彼がいわんんとしたことを手短に言うと、このエンデュランスというスポーツを効果的にするには、特に過酷なテビスを完走するには、人馬共に体力と勇気が必要で、長期間のハードなトレーニング・訓練が必要だということでした。彼のアドバイスを受けながら私はこのように思っていました。「2位というのは悪くないぞ」。実際私の馬はその後設けられたベストコンディションド賞を貰ってもいいくらいの状態でした。彼のアドバイスを半分聞き流していたわけですが、ひとつだけ印象に残った言葉がありました。「あー、しかしだな、優勝しようと思ったら賢くなきゃいけない」。

勝つためには人は賢くなくてはならない。彼のこのアドバイスはその後も私に影響を与え続けました。これは常により良いホースマンでなければならないということだと思います。また決して栄冠の上に甘んじてはいけません。そして、より良いホースマンになるためにはそのトレーニングは徹底した厳密なものでなければなりません。なによりもあなた自身にも、あなたの馬にとっても役立つものでなければなりません。この努力をするという部分がこのエンデュランスというスポーツの一番の魅力であり、私が今日まで続けている理由です。これまでに新しいことを学ばなかった年はありませんでした。新たなことを学ぶことがなくなった時はこの競技を辞める時だと思います。 1972年に私はこのベテランの方のアドバイスを聞き、それを受け入れたのです。その後、馬と私は非常な猛トレーニングをあらゆる分野について行いました。考えられる全ての準備をしました。そして1974年の夏ついにテビスの優勝カップを我々は手に入れたのです。19歳でした。そしてこれがその時のバックルです。  将来の完走を目指し、若くて経験のない馬の訓練を始めるのは楽しいものです。非常に慎重に訓練を行っていくのですが、呼吸器系の強化だとか色々な部位の強化を行います。馬の年齢・成熟具合も考慮に入れなければなりません。本番に合わせて、一体どういうものがトレーニングのプログラムになるのか、考えなければなりません。そして、筋肉に力を入れるのか、呼吸器系に力を入れるのかによって訓練メニューが変わってきます。

経験から、このような訓練をして競技に出られるようになるには、3年はかかります。しかし、この段階でも50マイル(80km)レースに実際に出場するようになるまでその馬の精神的強さはなかなかわかりません。  競技会への準備として、日常の記録を書き留めることをお勧めします。エンデュランスネット社が出すエンデュランスライド・ジャーナルという記録帳が市販されています。馬のコンディションや、獣医や装蹄の記録を書き込め、競技会に際しての馬とライダーの必要なチェックリストが掲載されています。経験者にアドバイスを求め、訓練のための綿密な計画を立て、がんばってそれを実行し、その過程を楽しんで下さい。

馬の食事や栄養の話をせずにここでトレーニングの話を終わるわけには参りません。 エンデュランスで使う餌は特別なエネルギーを必要とします。車のレースも特別の燃料を使うように馬も同じなのです。馬の栄養については、色々な人が色々な説を唱え、実施していますが、一つ確かな事は、ハードワークの馬にはバランスのとれた栄養を与える必要があるということです。参考書を一冊お薦めします。Kentucky Equine Research (ケンタッキー馬学研究所)のDr. Steve Duren ( スティーブ・デュラン博士)はA Concise Guide to Nutrition in the Horse 「馬の栄養ガイド」という有名な本を書いています。このほかにも馬の栄養についてかかれた多くの本がありますが、研究者でありながら、自らがライダーが書いたものはないようです。 特に試合の前の厳しいトレーニングや実際の競技会で馬が無酸素運動を行っている時は、特別に配合された飼料が必要です。これはエネルギーに変えやすいもので長時間持続するものでなくてはなりません。これらの飼料は非常に消化しやすい繊維ならびに十分な水分・電解質を含むものでなければなりません。またビタミンEとセレニアムの補給も大事です。レースの時には普段以上に脂肪分を増やす事も必要です。

(10)競技中の馬のケア
エンデュランスの競技中は常に十分な水分と栄養を与えてください。途中で水を飲めるチャンスがあれば必ず馬に飲ませて下さい。そして獣医チェックやレストポイントでも湿らせた高カロリーの麦やフスマなどの餌を与えます。 難コースのレースで暑くて湿度の高いときは非常にエネルギー消費が高くなります。あまり飛ばしすぎず一定のペースで走ることが必要です。馬の首や脚に水をかけて冷やしてあげ、それによって体温の調節を行い、馬体の回復を促すことになります。しかし、体温の上がった馬に冷たい水を一気に大量に飲ませてはなりません。湿度の高いときは馬にかける水に蒸発をたすけるためアルコールを混ぜることもあります。

電解質についての知識を深めれば深めるほどエンデュランスレースで完走できる確率が高くなってきます。また、レースの後馬が疲労から早く回復する手助けになります。この電解質の補給は大変重要です。電解質は体細胞の再生に必要です。これは体内の酵素の多くの大切な機能---疲労回復や、エネルギー変換や細胞の成長、消化や治癒能力をたかめるなど---のために必要です。あなたの馬が非常に長時間に渡ってレースやトレーニングで汗をかいた時、失った水分と共に塩分(電解質)を補うことはとても大事です。馬は通常の食事からでは、失われた電解質を充分に補給することができません。脱水症状、疲労困憊、熱中症、こむら返り、歩様が伸びなくなるなどの色々な症状は電解質の不足によって起こるのです。

常に無理をしない、飛ばしすぎないことが大事です。特にそれが厳しい山坂の時は注意しなければなりません。腱・靱帯の損傷、関節の痛みなどが起こりやすくなります。シップや水を使った治療を良く行います。氷で冷やすことも50-100マイルレースでは必要になります。一度に20分以上冷やしすぎないことが大切です。それから筋肉の使い過ぎにより、よく起こる問題が、タイ・アップ tying-up (麻痺性筋色素尿症)です。これは馬に無理させると起こります。安定したペースで走り、馬とライダーが快適な状態で走れるようにしてください。

(11)競技中のライダーのケア
ボーイスカウトのモットー「備えよ常に」はエンデュランス競技にもあてはまります。 水と栄養補給が馬に必要なように、ライダーにも必要です。電解質を含んだ飲料水とパワーバー(シリアルを棒状に固めた携帯食)をエンデュランスライダーはよくサドルバックに入れています。自分の馬の心配はするけど、自分自身の飲食について心配を忘れがちなライダーは疲労の結果、騎乗バランスが悪くなり、馬を疲弊させることになるということが良くあります。 楠山さんはテビスカップに選手として来られたとき、休憩時間に特別に取り寄せたお寿司を食べていました。楠山さんにとって必要なエネルギーを摂取するのにハイテク・パワーバーより寿司の方が良かったのでしょう。今までエンデュランスに参加して競技中に寿司を食べている人を見たのは初めてです。

バランスよく馬に乗るのは非常に大切なことです。長時間速歩を続ける時には、定期的に馬の手前を変えて下さい。これは慣れないとなかなか難しいかもしれませんが、大事なことです。特に傾斜のきついところでは定期的に手前を変えることで一定のペースを保ち、馬の勢いも維持できるのです。バランスについてのレッスンを専門のインストラクターから受けるのも良いでしょう。 ライディング中、快適に過ごせるよう、服装を工夫してください。着脱によって体温の調節をしやすいよう重ね着して下さい。一般的に濃い色よりも薄い色の方がいいです。乗馬ズボンは膝の部分を補強したタイツ、または普通のスポーツタイツを着用する人が増えています。首にはホコリ避けのバンダナをまき、腕時計は暗闇で光るものをしましょう。軽量のジャンパーかウインドブレーカー、ヘルメットか帽子、そしてサングラスも必要です。新しいものを使うときは必ず事前に使いならしてください。

(12)エンデュランス競技用の馬具と装備
馬具は馬のパフォーマンスを高めるものでなくてはいけません。一番高いものである必要はありませんが、他の商品同様、良いものは概して値がはるものです。エンデュランス用の馬具は他の乗馬スポーツで使用する物以上に頑丈で完璧にフィットするものでなければいけません。長時間・長距離乗らなければならないからです。造られている素材は熱が発生するものでなく、こすれて馬体を擦りむくようなものでもいけません。 鞍は馬具の中で一番高価なものです。いうまでもなく鞍は馬と乗り手の双方に完璧にフィットするものでなければなりません。鞍を選ぶにあたって以下の点に注意しましょう。

1. 鞍骨 saddle tree は馬のキコウを痛めないよう充分な幅がなければなりません。しかし広すぎて鞍が馬の背骨を圧迫するものでもいけません。馬の背中に置いたときに鞍骨と背中の間に空間があかず背中のカーブに添っていなければなりません。実際に鞍をつけ、常歩・速歩・駆歩で少なくとも30分、馬が汗をかくまで運動させます。その後、鞍を取り除き、馬の背中で汗がどのようなパターンを描いているかを観察します。均一でなかったり、乾いているスポットがあれば鞍がよくフィットしていないのです。サドル・フィッターという道具は馬が静かに立っているときの状態しか測定できません。馬の背中は人を乗せているときには変型していますし、ただ立っているときと、動いているときとでは形が違うのです。

2. また、鞍の鐙革がまっすぐ下に降りているか、鞍のどの部分からぶら下がっているかをよく見てください。(ウエスタンサドルによく見受けられるが)鐙革が前に付きすぎている鞍が多いのですが、長時間乗り続けるエンデュランスには不向きです。

3. スエード皮のフェンダーやシートは脚を擦りむくことがあるので注意が必要です。

4. 鞍がどのくらいライダーの身体の動きを制限するかにも注意を払ってください。(オーストラリアン・ストックサドルのように)身体を固定しすぎるものは長時間の騎乗には不向きです。また反対に座面のフラットな鞍は充分なサポート感が無く、乗っていて不安定なものです。

5. スポンジをどこに付けるか、水筒をどのように持っていくか、サドル・バッグはどのように固定するか、サドルバックには適切で必要なものを入れましょう。イージーブーツ(落鉄の際、蹄に履かせるプラスチックのブーツ、車のスペアタイヤにあたる)はどこにぶら下げるかなども大切なことです。これらの小物をぶらさげるしっかりしたDリングが鞍に充分な数ついていなければなりません。サドル・バッグはバタバタせず、きちんと固定できるものを選びましょう。

6. 馬体の面積がどれくらい鞍で覆われているかも大切なことです。体温を発散させるためには「少なければ少ないほど良い」のです。しかし寒い日には、休憩時に馬の腰から尻の部分を被ってやることを考えなければなりません。

鞍を馬の背のどこに置くかも大切な事です。鞍は肩甲骨の付け根の後ろに肩の動きを邪魔しない様に置き、ムナガイとシリガイで前後にずれないように調節します。このような点に注意し、長時間のレースの間に鞍ずれによる鞍傷を防ぐことが大切です。 こちらに展示してある鞍は、イタリアのポーディアム社がエンデュランス用に特別に開発したものです。特徴としてはサドルカバーを取り替えることができる、ニーパネルとカーフパネルが交換可能。数多くのDリング。ラテックスの素材でできたSimpatex社製のパッドなど。これは馬の皮膚呼吸を妨げず、簡単に水洗いできるものです。 サドルバックには適切で必要なものを入れましょう。イージーブーツ、水筒、電解質、選手カード、踵用の軟膏、裏堀りピック、ポケットナイフ、ライダーの食べ物など必要と思われるものを持ちます。エンデュランスには常に状況に応じた適切な道具を準備して持って行く必要があります。

(13)ハートレート・モニター(心拍計)
最後に心拍計についてお話ししましょう。テクノロジーの進歩により、多くのエンデュランスライダーが心拍計を使うようになってきました。最近の心拍計は性能のいいものが増えていますし、コードを使わず、馬体につけたセンサーから腕のモニターへと無線で情報を飛ばすものが出てきています。心拍計を通してリアルタイムで情報を知ることができ、人間の陥りがちな誤りを防ぐこともできます。心拍計の具体的な効用をあげてみましょう。

1. 馬のバイタルサインをモニターできる
馬が休んでいる時、運動中あるいは運動後の心拍の急激な変化により、怪我などのアクシデント、隠れた病気などの問題が把握できます。不規則な心拍なども把握でき早めに重篤な疾患を見つけることができます。エンデュランスの競技中、馬が競技続行が可能かどうかを運動後の心拍の戻りによって判断できます。

2. 馬がどれだけハードに運動しているかが分かる
一般的に心拍数が高いほど、馬はハードに運動しているといえます。トレーニングセッション毎に、心拍をモニターしていると、(1)それぞれのセッションが馬にどれだけのストレスをかけているかが正確に分かりますし、(2)馬がそのセッションをどのようにこなしているかが分かります。トレーニングの集中度と強さは訓練のプログラムにおいてもっとも大切なことです。強すぎるトレーニングを長く行いすぎると怪我や過労を招きます。反対に弱すぎればトレーニング効果があがりません。

3. 馬の体力の付き具合が分かる
運動時と運動後の心拍数によって馬の体力の付き具合がわかります。一定の速度で走行させた後の心拍数はトレーニングをつむと下がってきます。また運動後の心拍の戻りも速くなってきます。

4. インターバルトレーニングの際の心拍の戻りをモニターできる
馬の体力をつけるため、インターバルトレーニングの方法がとりいれられています。インターバルトレーニングで大切なことは、負荷の強さと、インターバルの取り方です。だいたい回復のため3-5分間の休息で心拍が100以下に下がることが大事です。これ以上の数値だと負荷が強すぎるのではないかと判断できますし、馬のリカバリーの時間をもう少し長く取るべきだということが分かります。

5. あなた自身のホースマンシップを高めることができます
心拍計を日々の馬の管理に使う事により、あなたの馬をより良く知る事ができるようになります。馬の一般的な健康状態を高め、トレーニングと日々の管理ができるようになります。

6. 試合の時に役に立つ
あなたの馬が、訓練や試合にどのように適応しているか、さらなる情報を得る事により試合の時の判断に役立ちます。

(14)まとめ
最後に、みなさんがこのエンデュランスという競技で成功をおさめたければ、まず最初により良きホースマン、ホースウーマンになることがなによりも大切です。  エンデュランスにおいてゴールを切ることはスタートラインに立つことより大したことではないかもしれません。我々にとって、スタートラインにつくまでが大事な所なのです。あなたが十分な準備を整えることで、あなたとあなたの馬は報われることでしょう。 ここで改めて、皆様にお話できましたことに感謝の言葉を述べたいとおもいます。また記念すべき第1回の全日本大会に参加できますことを非常に嬉しく思います。みなさん頑張ってください。御成功を祈ります!(了)

ハル・ホール氏 連絡先: Hal and Ann Hall
385 Robie Drive, Auburn, California 95603 USA    TEL: 530-885-1165 E-mail: hall@neworld.net

ポーディアム・サドル(ハル・ホール氏デザイン)
PODIUM Hal Hall-Designed Special Models

輸入元:日本総代理店 サークルK(ジャパン)  TEL: 027-980-1404 FAX: 027-980-1505  担当:楠山

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